ブラックフェイス
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この項目では、アメリカのエンタテイメントについて説明しています。2000年代に日本で流行したスタイルについては「ガングロ」をご覧ください。 |
ブラックフェイス (英語: blackface) は、黒人以外の演者が黒人を演じるために施す舞台化粧、それに起因する演者および演目。19世紀に流行し、「プランテーションのハッピー・ゴー・ラッキー・ダーキー」(のんきな黒人。ダーキーは蔑称)、「ダンディ・クーン」(クーンは黒人を表す蔑称)など人種的ステレオタイプを広める結果となった[1]。1848年までに、ブラックフェイスのミンストレル・ショーが全米で流行し、オペラなどのフォーマルな作品を作り替えて一般に流行させた[2]。20世紀初頭、ブラックフェイスはミンストレル・ショーの枠から外れて独自のスタイルとなったが、1960年代、アフリカ系アメリカ人公民権運動により終焉した[3]。
1830年頃から約100年、アメリカの劇場においてブラックフェイスは重要な伝統的演目であった。すぐに流行は広まり、イギリスでは1978年まで続いた『The Black and White Minstrel Show』[4]、1976年と1981年の『Are You Being Served?』のクリスマス・スペシャルが放送されるなど、アメリカより長続きした[5][6]。アメリカでもイギリスでもブラックフェイスはミンストレル・ショーにおいてもっともよく用いられていた。白人俳優は初期には焼きコルク、後期にはドーランや靴墨で顔を黒く塗り、唇を誇張し、また縮れたカツラ、手袋、燕尾服あるいはぼろ服を着用することもあった。のちに黒人俳優もブラックフェイスで演じることもあった。
ブラックフェイス・ミンストレルのストックキャラクターを具象化したステレオタイプは人種的イメージ、行動、感覚を世界中に植え付けただけでなく、黒人文化の人気に拍車をかけた[7]。現在、ブラックフェイスのカリカチュアは議論を引き起こす。一方で、ブラックフェイスは単に自分と違う性別、身分、人種を表す異性装と同義だという意見もある[8]。
20世紀半ばまでに人種および人種差別に対する考え方が変わっていき、ブラックフェイスによる演目はなくなっていった。現在では演目上必要な時に限り、また社会的主張や風刺にのみ使用される。ブラックフェイスの恒久的影響は良くも悪くもアフリカ系アメリカ人文化を世界に広めるきっかけとなったこととされる[9][10]。ブラックフェイスはアフリカ系アメリカ文化の盗用[9][10][11]、搾取、同化[9]の先駆けともなり、無数に派生して世界のポピュラー・カルチャーの一部となっている[10][12][13]。